球心いまだ掴めず

駒大太田野球500勝の真実
太田誠著
駒大野球部・太田誠前監督が自らの野球人生を描いた。35年間の監督生活を通しての、人との出会い、心の交流など、野球道をいちずに追い求めた著者渾身の1冊
【定価1,575円(税込)送料290円】ISBN4-8172-0235-1 C0075
- はじめに
- 禅に「無常迅速」という言葉がある。駒澤大学野球部の監督として私が過ごした35年間。それは、この言葉通り、一瞬の間に過ぎ去った夢のような日々だったように思う。私は、私にとっての野球を活字にして残していこうと思うようになった。それこそが私にとって、せめてもの野球への恩返しなのかもしれない。私なりに突きつめた「野球」が、いくぶんかは皆さんの役に立つかもしれない。そう思って、恥ずかしながら筆を執らせていただいた次第である。
- 第1章 球の心を求めて
- ゼロに始まってゼロに終わる 平成17年10月23日、監督生活最後の日
- 第2章 大地と大海原
- 波小僧とともに、憧れの青年団チーム、中学で野球部に
- 第3章 遥かなり甲子園
- 人生の岐路、塩を舐めながら猛練習、準々決勝で敗退、夜行列車で甲子園へ
- 第4章 駒澤大学野球部
- 駒澤大学への誘い、長屋のような合宿所、野球部の猛者たち
- 第5章 過酷な入れ替え戦
- 学生監督で凌ぐ、猛練習の日々、貴重なアドバイス
- 第6章 駒澤初の「首位打者」に
- 転がり込んだ幸運、スター軍団との練習試合、実力をあげる駒澤
- 第7章 電電東京と都市対抗
- 間近で見たプロの迫力、新人を迎えた「電電東京」、忘れられないサヨナラ本塁打
- 第8章 駒澤中興の祖 藤田俊訓先生
- 藤田学監との出会い、「仏に罪はない」
- 第9章 34歳の新監督
- 入れ替え戦の代理監督に、「印鑑に二言なし」、死に物狂いで戦え、1対1のケンカ、高校の全国行脚、他人頼みは駄目
- 第10章 切磋琢磨と島岡御大
- 緻密な野球と攻撃的守備、監督初優勝の感激、自力優勝と明治神宮大会初制覇、明治大学・島岡監督との交流、凄まじい勝負へのこだわり
- 第11章 悲願の大学選手権制覇
- 石井藤吉郎さんの思い出、思い出の第1期生たち、父の死を乗り越えたヒット
- 第12章 「常勝軍団」の名を受けて
- 駒澤三羽ガラスと長嶋茂雄氏、全国から集まってきた猛者たち、石毛に専修からクレーム、「ピッチャー石毛!」
- 第13章 プロの門を叩いた教え子たち
- 駒澤出身初の2000本安打達成、忘れられない失敗、「球際に強い野球」、プロ向きの「ど根性・広瀬」、プロ入りしたピッチャーたち、社会人をキリキリ舞いさせた河原、怒られ役の高橋尚成
- 第14章 甲子園を制覇した監督
- 全国優勝を「三度」成し遂げた男、奇跡のバックホーム
- 第15章 駒澤の強さの秘密
- 「点を取ったら承知しないぞ」、執念のサヨナラヒット、逆転ツーラン・セーフティーバント、パンツ一丁「雨中の猛ノック」、野球で最も大切なもの、千利休の言葉
- 第16章 最大の理解者
- 家族の支えとは、頑固一徹の明治男、深い友情に感謝、過酷な闘いを振り返って、変わりゆく選手気質
- 第16章 絆とは
- 「我逢人」とは何か、戻ってきた教え子たち
- おわりに
- 球の心、すなわち「球心」--私の戦いは、教え子たちと共に35年間、この球心を掴もうともがき、そして最後まで掴むことができなかったものである。野球というものは、そこまで奥が深いものだった。いま私は、野球とは、男が生涯をかけて挑むものであり、また、その価値があるものだと思っている。ついにその「心」を最後まで掴むことはできなかったが、私はそのために賭けた自分の人生に悔いはない。その戦いは多くに方々に後押しされて、初めて可能なものだった。感謝の言葉以外、なにも浮かばない。皆さん、本当にありがとう。
- 巻末資料
- 太田誠監督500勝の軌跡、太田監督が指導したOB選手一覧
- 著者紹介
- 太田誠(おおた・まこと)
1936年(昭和11)生まれ。静岡県浜松市出身。南部中で野球をはじめ、浜松西高から駒大へ。東都大学リーグで2度の首位打者に輝いた。卒業後は電電東京で8年プレーし、71年春から母校監督に。以来35年間指揮を執り、05年秋季リーグを最後に勇退。この間1部リーグでの勝利は前人未到の501勝を数えた。リーグ優勝、日本一の栄冠に加え、プロ、アマを問わず多くの人材を全国に送り出している。




